アンチ民藝運動?北大路魯山人ってどんな人?民藝との関わりとは何?

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偉人といわれる人はなんでこうもぶっどんでいるのだろう…と常々思う筆者( .@azusagut )です。

みなさんは、北大路魯山人(きたおおじ ろさんじん)という方をご存知でしょうか?

かなり有名な方なのでご存知の方もいると思いますが、

彼がどんな人なりであったのか、どんな影響を与えた人なのか、

加くは知らない方もいらっしゃるとおもいます。

そこで、今回は北大路魯山人について紹介します。

前回記事の「民藝」はこちらです。

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目次

魯山人ってどんな人?

近代陶芸の父、というべき存在であると同時に、

篆刻(てんこく)家、画家、 陶芸家書道家、漆芸家、料理家・美食家としての顔も持ちます。

実に様々な分野で才能を発揮しましたが、それぞれが独学で、生涯師を持たなかったというので驚きです。

(書に関しては2年ほど内弟子として師事していた期間もありますが)

そのため、魯山人の作品は既成にとらわれない自由な発想が特徴です。

魯山人は多彩な手法で数多くの作品を残し、美と食の巨人とも言える人なんです。

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魯山人の作品

76年という生涯で彼が手がけた作品は、30万点以上とも言われています。

特に書と陶芸に秀でいた彼の作品を、少しだけ紹介。

彼は料理人としても才能を発揮し、「星岡茶寮」という料亭を開きました。

料理を盛るために最適な寸法であったり、料理が映えるデザインであったりと、非常に優れたうつわを残しています。

楽前菜皿四人 黒塗盆付

赤呉須 徳里

赤呉須中皿

魯山人は織部焼で人間国宝に推挙されるほどでした。

しかし魯山人はこれを辞退。以後織部焼で人間国宝に推挙された人はいません。

いかに魯山人が優れた陶芸家であるかが窺い知れますね。

織部 大皿

織部 すみ切鉢

織部 八角湯呑

私個人、こちらのつばき鉢がお気に入り。メリハリの効いた、色彩と温かみを感じます。

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魯山人の作品に会いに行こう

と、上記に一部ご紹介しましたが、やはり「百聞は一見にしかず」です。

鎌倉にある、吉兆庵美術館に行けば、魯山人の作品がなんと約20万点常時展示しています。

宗家 源吉兆庵
吉兆庵美術館 宗家 源 吉兆庵が運営する吉兆庵美術館の公式サイト。食と芸術が調和した、豊かな造形世界をご堪能いただける美術館です。

ほかにも京都にある、何必館・京都現代美術館も併せて足を運んでみてください。

こちらの展示方法はまるで美術品を「展示」するというより、美術品の「棲家」のような環境が特徴です。

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最後に、魯山人の旧宅を移築した、春風萬里荘もおすすめです。

一切の妥協を許さず美を追求した魯山人の住居環境をぜひ覗いてみてください。

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春風萬里荘 北大路魯山人の鎌倉の旧宅を移築した、風情あふれる江戸時代中期の茅葺き屋根の古民家。

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魯山人の珍?エピソード

なんて魯山人は偉大な方だろう…と思いますが、漫画『美味しんぼ』の海原雄山のモデルにもなった方。

本当に偉人であることは間違いないのですが漫画を読んだことがある方ならどんな性格であったのかは想像がつくと思います。

魯山人は多くの人々に対し批判や罵倒を繰り広げていました。民藝運動のリーダーであった柳宗悦を「柳初歩悦」と罵り、

かのピカソには「この間抜けめ」と言ったほど。(このエピソードはピカソにも非がありますが…)

また生涯に6度の結婚をしてますが全て破綻。家にいたお手伝いさんも多数辞めて行ってしまいます。

渡仏の際に訪れた鴨料理店「トゥール・ダルジャン」では

面前で調理する料理人に対してダメ出しをし、自らが調理をした。

挙句、「ソースが合わない」と味そのものを評価し、自ら持参したわさび醤油で食べたそう。

傲岸不遜とも言える態度と物言いが祟ってしまい、

なんと1936年(昭和11年)には自らが開いた星岡茶寮から追放されてしまいました。

なんという傍若無人なでしょうか…ただ、これら批判、罵倒も全て彼の美意識の強さからくるもの。

民藝運動に対する批判も「用の美」を良しとしない彼の芸術観のため。

料理にも造詣が深いため、料理に口出しをするのも彼の美食意識が許さなかったのでしょう。

それだけの強力な我があるからこそ、北大路魯山人という人物の作品は生まれたのです。

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もっと魯山人について知りたい

魯山人に関する書籍も多数ありますので、少し紹介。



まとめ

本記事では、「アンチ民藝運動?北大路魯山人ってどんな人?民藝との関わりとは何?」について書きました。


関わると大変な人物であったのかもしれませんが、

そのアクの強さ故生まれた名作を今我々は楽しむことができています。

ぜひ、美術館に足を運び、その作品を見てみてください。

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